中学で1年間の不登校を経験し、そこからシステムエンジニアになり、今は課長として部下10人をまとめている。2歳半の息子がいる。金融系SE歴20年・2歳半の息子を持つ筆者(ムラサキ)が、不登校の経験と子育てを正直に綴ります。(2026年3月時点の記録)
不登校の経験があるから子育てがうまくいく、とは思っていません。ただ、自分の中に「あのとき親にされて嫌だったこと」と「されて助かったこと」の記憶がある。その記憶が、息子への接し方に影響を与えていることは間違いありません。
この記事では、不登校経験者が父親になった今、どんな教育方針を持ち、妻との方針の違いをどう受け止めているかを正直に書きます。

育児ノウハウを語る記事ではありません。不登校だった自分が「親」をやってみて考えていることの記録です。正解はまだ見つかっていません。
不登校経験者が親になるということ
文部科学省の「令和6年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」(2025年10月公表)によると、小・中学校における不登校児童生徒数は約35万4千人(353,970人)で過去最多を更新しました。12年連続の増加です。中学校ではおよそ15人に1人、つまりクラスに2〜3人は不登校の生徒がいる計算になります。こども家庭庁の不登校対策ページでも、文部科学省と連携した支援体制の構築が進められています。
筆者もその「元・不登校児」の一人です。中学に入って1ヶ月で学校に行けなくなり、約1年間家にいました。明確ないじめがあったわけではありません。両親の離婚による転校が重なり、新しい環境に馴染めなかった。ただそれだけのことでした。
あれから20年以上が経ち、今は金融系のシステムエンジニアとして課長職に就いています。結婚し、2歳半の息子がいます。劇的な逆転劇ではなく、いくつかの分岐点で少しだけ動いた結果、今ここにいます。
この記事は、不登校だった自分が「親」になった今、息子の教育についてどう考えているかの記録です。答えはまだ出ていません。息子はまだ2歳半で、教育方針が正しかったかどうかは何年も先にならないとわかりません。それでも、今の時点で考えていることを言語化しておくことに意味があると思い、書くことにしました。
自分の親がしてくれたこと、してくれなかったこと
自分が親になって子育てをしていると、自然と自分の親の対応を振り返る場面が増えます。不登校だった期間、親がどう接してくれたか。それが今の自分の教育方針の原型になっています。
母の「詰めず、放置もしない」距離感
母は、不登校の筆者に対して無理に登校を促すことが一切ありませんでした。「学校に行きなさい」とは一度も言われなかった記憶があります。
代わりに、相談機関に定期的に通う環境を用意してくれました。相談員の方と遊んだり少し話したりする程度のもので、カウンセリングという堅い雰囲気ではありませんでした。ただ、一定のサイクルで外に出て誰かと過ごす時間がありました。
当時はなんとも思っていませんでしたが、今振り返ると、この「詰めず、放置もしない」距離感がちょうどよかったのだと思います。
嫌いだった祖母がくれた最大の転機
人生で最も大きな転機は、意外な人物からもたらされました。祖母です。
正直に言うと、祖母のことは好きではありませんでした。孫に対しても感情的に悪態をつくような人でした。その祖母が、不登校の子どもが通う施設を見つけてきて、母にそこへ行かせるよう提案しました。半強制的に通い始めた記憶があります。
でも結果として、この施設に通えるようになったことが自分の人生で一番大きな転機でした。中学の間に約1年かけて、そこに通えるようになり、社会との接点が少しずつ増えていきました。
「見守る」と「動かない」は紙一重だった
母への感謝はあります。無理に登校を促さなかったことで、筆者は安心して家にいられました。
ただ、こうも思います。良く言えば優しく見守ってくれていた。悪く言えば、打つ手がなかった。実際に最大の転機をくれたのは、母ではなく祖母の「半強制」でした。
「見守る」と「動かない」は紙一重です。どちらが正しかったのかは今でもわかりません。ただ、両方の対応を受けた結果として今の自分がいるのは事実です。この両面的な経験が、自分の子育ての判断基準になっています。
怒らない、待つ、好きにやらせる──自分が選んだ3つの方針
息子への接し方で意識していることが3つあります。「怒らない」「待つ」「好きにやらせる」です。どれも不登校の経験から直接導いたわけではありませんが、振り返ると根っこはつながっています。
怒らない──怒るようなことではないから
2歳半の息子は毎日にぎやかです。
突然「パパいらない!」と言って叩いてくる。地べたに寝転んで歩かないアピールをする。食べ物を両手に持って走ってきて「パパの分ありませーん!」と満面の笑みで宣言する。
これに怒らない。そもそも、怒るようなことではないと思ってます。2歳半の子どもがやることとして、どれも自然な行動だと思っています。
もちろん、すべてを放置するわけではありません。良くない部分があれば教えます。伝えます。「それをやるとパパは痛いよ」「それはやめようね」と言葉で伝えることの方が、声を荒げるよりもずっと意味があると考えています。
「怒る」と「教える」は別のものです。怒りの感情をぶつけることと、ダメなことをダメだと伝えることは目的がまったく違います。怒りは親の感情の発散であり、教えることは子どもへの情報伝達です。筆者は後者を選びたいと思っています。厚生労働省の保育所保育指針でも、1歳以上3歳未満の子どもへの関わりでは「自分の気持ちを言葉で表現できるよう援助する」ことが求められており、感情の爆発ではなく言葉による伝達が基本とされています。

怒らない育児の具体的な実践方法と、叱る基準を3つに絞った理由は怒鳴らない子育ての実践記録で詳しく書いています。また、2歳半のイヤイヤ期で「イヤ!」が爆発する原因と具体的な対処法はイヤイヤ期の正体と5つの解決策で脳科学の研究データとともに紹介しています。

息子に「パパいらない!」と叩かれても、怒りは湧きません。2歳半の子がやることとしてごく自然だと思っているからです。ただ「それをやるとパパは痛いよ」とは毎回伝えます。最近は叩いた後に「ごめんね」と自分から言うようになりました。
待つ──楽しいことは目一杯やって欲しい
保育園への通園は徒歩です。まっすぐ行けば15分の道が、30分以上かかることも珍しくありません。道端の花を見て立ち止まる。水たまりをわざわざ踏みに行く。石を拾っては並べる。
道草だらけですが、一緒に楽しんで歩けている感覚があります。急がせる必要がないときは急がせない。それだけのことです。
公園でも時間制限は設けていません。夜遅くなったら帰りますが、それまでに大体本人が飽きて「帰る」と言い出します。
息子が楽しいと感じることは目一杯やって欲しい。それが「待つ」を選んでいる理由です。毎晩の寝かしつけでも同じ姿勢で、「もう寝たかな」と部屋を出ようとした瞬間に起きる息子に付き合い続けています。一人寝への移行は焦らず息子のペースに任せるつもりで、その考え方の詳細は子どもの一人寝はいつから?研究データで見る適齢期にまとめています。

好きにやらせる──不登校の1年間が原体験
親の意思でコントロールしようとすることはしたくない。親がやらせたいことではなく、本人がやりたいことを優先したいと思っています。
この方針の原体験は、不登校の1年間です。学校という枠がなくなった分、自分の興味に全振りできました。ゲームをやり、PCを触り、カードゲームにハマった。あの時間は無駄ではなかったと今でも思っています。
だから息子にも、本人の興味を親の都合で止めたくない。「今これをやりなさい」ではなく、「今何がやりたい?」でありたいと思っています。
息子が何に夢中になるかは親にはコントロールできません。でもその「夢中」が将来どんな力に化けるかもまた、誰にもわからない。子どもの「好き」を否定しないことがAI時代の教育投資として合理的である理由はAI時代に子どもに必要な5つの力で研究データとともにまとめています。また、帰宅後の限られた時間で子どもの「やりたい」を最大限活かす工夫は平日夜30分の知育タイム設計でも紹介しています。
妻とは方針が違う。それでいいと思っている
ここまで書いた方針は、あくまで筆者個人のものです。妻には妻の方針があります。そして正直に言うと、かなり違います。
ご褒美で釣る、怒りを表に出す──妻のやり方
妻はご褒美や物で息子を動かすことが多いです。「これ食べたらおやつあげるよ」「お片付けしたらシール貼ろうね」。筆者はあまり良くない方法と考えています。
怒りの感情も表に出します。息子が言うことを聞かないとき、声のトーンが冷たくなるがあります。筆者は基本的にそれをしないので、同じ場面で対応が異なることがよくあります。
一番なんとも言えない気持ちになるのは、息子が謝る必要のないことで謝っている場面です。2歳半の子どもが「ごめんなさい」を言う姿に、複雑な感情が湧きます。「ごめんなさい」を言えば良いと思っている節もあります。
また、息子がやりたいことよりも、親がやらせたいことを優先しているように見える場面もあります。筆者の「好きにやらせる」とは方向が異なります。

違いを否定しない理由
妻の方針を否定しないと決めています。理由は2つあります。
1つ目は、自分の経験からです。母親の「見守る」だけでは転機が来なかった。嫌いだった祖母の「半強制」が自分を動かしました。つまり「怒らない、待つ」だけでは足りない場面があることを、身をもって知っています。妻の積極的な関わり方は、自分にとっての祖母の役割に近いのかもしれません。
2つ目は、両親の離婚を経験しているからです。夫婦間の価値観の衝突がどこに行き着くかを、子ども側の視点で見てきました。教育方針の違いで夫婦関係を壊したくありません。方針が違うことを認めた上で、お互いのやり方を尊重する。完璧な教育方針を追求するより、夫婦が安定していることの方が子どもにとって大切だと考えています。
離婚だけはしないと決めている
筆者の両親は小学3年のときに離婚しました。母に連れられて知らない土地に引っ越し、小学校を転校しました。子供ながらに知り合いのいない環境に適応することが難しかったです。
不登校の直接的な原因は明確ではありません。ただ、離婚による転校と環境の変化が積み重なったことが大きな要因だったと自分では考えています。知らない土地で、知り合いゼロの状態から人間関係を作り直す。それを何度も繰り返す疲弊感が、中学1ヶ月目で糸が切れた背景にありました。
だから自分は、離婚だけはしないと決めています。子どもの環境を安定させることが、親にできる最も基本的なことだと思うからです。
息子が反抗期を迎えたとき、夫婦間で意見がぶつかったとき、逃げずに毅然とした態度で向き合いたい。自分の親は良く言えば優しかったけれど、ぶつかることを避けていた面もあったのではないかと感じています。筆者はぶつかることを恐れず、でも壊さない。その線を守りたいと思っています。
もし息子が不登校になったら
息子はまだ2歳半です。不登校になるかどうかは何年も先の話で、なるかもしれないし、ならないかもしれません。ただ、不登校を経験した親だからこそ、漠然とではあっても方針は持っておきたいと思っています。
まず、休ませます。「学校に行きなさい」とは言いません。自分の母がそうしてくれたように、まず安心して家にいられる環境を作ります。
そこから、本人の話を聞きます。何が嫌なのか、何が辛いのか。すぐに話してくれないかもしれませんが、話せるタイミングを待ちます。
同時に、選択肢をゼロにしないことを意識します。相談機関、フリースクール、施設。自分の母親はこれを用意してくれました。祖母は施設を見つけてきてくれました。自分は母親の「見守る」と祖母の「動く」の両方をやりたい。休ませながらも、きっかけになりそうな選択肢は置き続ける。本人がいつそれを拾うかはわからないけれど、置き続けることに意味があると信じています。
文部科学省の「不登校の現状をご存じですか?」というリーフレット(2025年11月公表)では、不登校の児童生徒が利用できる支援機関の情報がまとめられています。また、文部科学省は2023年に「誰一人取り残されない学びの保障に向けた不登校対策(COCOLOプラン)」を策定し、校内教育支援センターの設置推進や学びの多様化学校の拡充を進めています。万が一のときに備えて、事前に目を通しておくと安心です。
不登校の経験は「子育ての答え」にはなりません。ただ、判断基準が一つ増えている感覚はあります。「あのとき自分がされて嫌だったこと」「されて助かったこと」。この2つの記憶が、迷ったときの羅針盤になっています。子どもの「向き不向き」を親が早い段階で決めつけることの危うさについては、SE歴20年の視点から子どものプログラミング向いてない?SE歴20年の処方箋でも書いています。
よくある質問(FAQ)
- Q不登校の経験は子育てに役立ちますか?
- A
「役立つ」とまでは言い切れませんが、判断基準が増える感覚はあります。筆者の場合、「怒らない・待つ・好きにやらせる」という方針の根底には不登校時代に親にされて助かった経験があります。ただし、経験があるから正解がわかるわけではなく、日々手探りで子育てをしているのが正直なところです。
- Q夫婦で教育方針が違うときはどうすればよいですか?
- A
筆者の家庭では、方針を無理に一致させることはしていません。「怒らない父」と「積極的に関わる母」という異なるスタイルを、お互いに否定せず共存させています。方針が違うこと自体は問題ではなく、違いを理由に夫婦関係が悪化することの方が子どもへの影響は大きいと考えています。
- Q子どもを怒らない子育ては甘やかしになりませんか?
- A
「怒らない」と「叱らない」は違います。筆者は怒りの感情をぶつけることはしませんが、良くない行動には言葉で伝えます。「それをやるとパパは痛いよ」「やめようね」と教える行為は甘やかしではなく、むしろ子どもに必要な情報を渡す行為です。感情の発散と情報伝達を区別することが大切です。怒ると叱るの違いについては怒鳴らない子育ての実践記録で詳しく書いています。
- Q不登校経験者が親として気をつけるべきことはありますか?
- A
自分の不登校経験をすべての判断基準にしないことです。筆者も「不登校だったから自分のやり方が正しい」と思い込みそうになることがあります。不登校の影響と自分自身の性格は分けて考える必要があります。自分の経験は参考情報の一つであり、目の前の子どもは自分とは別の人間です。
- Qもし子どもが不登校になったら最初に何をすべきですか?
- A
まず休ませることです。「学校に行きなさい」ではなく、安心して家にいられる環境を作ることが最優先だと筆者は考えています。その上で、本人が話せるタイミングを待ちつつ、相談機関やフリースクールなどの選択肢を調べておく。選択肢をゼロにしないことが、親にできる最も大きなサポートです。支援機関の情報は文部科学省のリーフレットにまとめられています。
まとめ:不登校の経験は子育ての「答え」ではなく「ものさし」
不登校だった自分が父親になって、2歳半の息子に向き合っています。選んだ方針は「怒らない・待つ・好きにやらせる」。その根底には、不登校時代に親にしてもらって助かったことの記憶があります。
一方で、母親の「見守る」だけでは転機が来なかったことも知っています。嫌いだった祖母の「半強制」が人生を変えた。だから妻の積極的なやり方を否定しません。夫婦の方針の違いは、対立ではなく補完だと捉えています。
離婚だけはしないと決めています。自分の不登校の背景に、両親の離婚による環境変化があったからです。子どもの環境を安定させることが、教育方針以前の土台だと思っています。
もし息子が不登校になったら、まず休ませる。そして選択肢を置き続ける。答えは持っていませんが、ものさしは持っています。「あのとき自分がされて嫌だったこと」「されて助かったこと」。この2つの記憶が、迷ったときに立ち返る場所になっています。
不登校の経験は、子育ての「答え」にはなりません。でも「ものさし」にはなる。そのものさしを使いながら、息子と一緒に歩いていきます。

この記事を書いた時点で息子は2歳半。この方針が正しかったかどうかは、何年も先にならないとわかりません。でも「言語化しておくこと」には意味がある。数年後に読み返して、同じことが書けるかも含めて、記録し続けます。
2026.03.29 ─ 筆者情報追加、FAQ形式変更、吹き出しブロック追加、外部エビデンスリンク拡充、内部リンク整備
2026.03.04 ─ 初版公開


